長く一緒にいる相手がいる。
大きな喧嘩があるわけではない。別れたいと思うほど嫌なところもない。会えばいつも通りに話し、二人の関係はこれからも続いていくように見える。
それなのに、ときどき思う。
以前より、二人の距離が遠くなっている気がする。
何か決定的な出来事があったわけではありません。相手の態度が急に変わったわけでも、自分の気持ちがはっきり冷めたわけでもない。
だからこそ、この感覚をどう受け止めればよいのか分からなくなります。
長く付き合っている恋人なら、このまま結婚を考えるべきなのか、それとも関係そのものを見直すべきなのか。長い婚姻生活を送っているなら、穏やかな日常をわざわざ揺らさず、目をつぶっていたほうがよいのか。
何も起きてへんのやから、気にしすぎかなあ。それとも、自分が気づいていないだけで、二人の関係は少しずつ変わっているのか。
関係が長く続いているからこそ、その距離をどう見ればよいのか分からなくなることがあります。
別れたい理由はないのに、このままでよいのか分からない
関係に分かりやすい問題があれば、どうするかを考えるきっかけが生まれます。
けれど、大きな不満がなければ、今の形を変える理由も見つかりません。
長く付き合っている恋人同士なら、結婚について考えることもあるでしょう。しかし、結婚しなければならない差し迫った事情もなく、別れるほどの問題もなければ、話を切り出すきっかけがないまま時間が過ぎていきます。
結婚したいのかと聞かれれば、したくないわけではない。でも、今すぐ二人の関係を変えたいのかと聞かれると、よく分からない。
夫婦であれば、日々の生活は滞りなく続いている。必要なことは話し、互いの予定もある程度分かっている。それでも、夫婦として近くにいる実感だけが、以前より薄くなっているように感じることがあります。
今すぐ関係を終わらせたいわけではない。けれど、今のままで満たされているとも言い切れない。
その間にある気持ちは、何かが起きるまで後回しにされやすいものです。
「相手のことはもう知っている」と思っていないか
付き合い始めた頃は、相手のことを知ろうとします。
どんなことが好きなのか。何をされたらうれしいのか。どんなときに傷つくのか。これからどのように生きていきたいのか。
相手の言葉を聞き、表情を見て、その人がどんな人なのかを少しずつ知っていきます。
けれど、一緒にいる時間が長くなると、「この人のことはもう分かっている」と思うようになることがあります。
あの人やったら、きっとこう考えるやろ。
これは嫌いなはずやから、誘わへんでもいい。
こういう話には興味ないやろうし、わざわざ話さへんでもいい。
それは、これまで相手を知ろうとしてきたからこそ持てた理解でもあります。すべてを毎回確かめなければならない関係では、安心して暮らすこともできません。
ただ、いつか知った相手の姿が、そのまま今の相手の姿だとは限りません。
以前は興味がなかったことを、今は面白いと思っているかもしれない。昔は望んでいなかった暮らしを、今は考え始めているかもしれない。
相手が変わったことに気づかないまま、過去に知った相手像と付き合い続けていることもあります。
そしてそれは、相手だけではなく、自分にも起きています。
今の自分のことも、相手に見せなくなっていないか
長く一緒にいる間に、自分の考えや望みも変わります。
以前は気にならなかったことを、今は大切に感じる。昔は一人で抱えられたことを、今は相手にも知ってほしいと思う。
けれど、「今さらこんなこと言うても」「相手は分かってくれへんやろう」と、自分から話さなくなることがあります。
相手がこちらに関心を持ってくれなくなったように感じていても、自分も相手に近づこうとしなくなっていたのかもしれません。
相手に聞いても仕方がないと思い、尋ねなくなった。自分のことを話しても伝わらないと思い、見せなくなった。
そうしているうちに、互いが今どんなことを考え、何に心を動かされているのかを知らないまま、関係だけが続いていくことがあります。
だからといって、どちらかが努力を怠ったと決める必要はありません。
安心しているから、細かく確かめなくなったのかもしれない。忙しい日々の中で、二人のことを考える余裕がなくなっていただけかもしれない。
ただ、「相手が遠くなった」と感じるとき、相手が離れていったことだけでなく、自分もいつからか近づこうとしなくなっていなかったかを見ることはできます。
話さなくても生活できることと、分かり合えていることは同じではない
関係が長くなると、言葉にしなくても分かることが増えていきます。
互いの生活のリズムが分かっている。細かく説明しなくても、必要なことは伝わる。大きな衝突をせず、日常を一緒に回していける。
長い時間をかけて築かれた、その二人なりの安定です。
一方で、話さなくても生活できることと、今の相手を分かっていることは同じではありません。
必要な連絡はするけれど、最近何を考えているのかは知らない。相手の予定は分かるけれど、今何を楽しみにしているのかは聞いていない。
会話の回数は変わっていなくても、互いの内側に触れるやり取りが減っていることもあります。
「距離ができた」という感覚は、会話や連絡の量だけで生まれるものではありません。
今の相手への関心や、知ろうとする働きかけが少なくなったときにも、二人の間に距離を感じることがあります。
だからといって、いつも深い話をしなければならないわけではありません。静かに同じ時間を過ごせることを、心地よいと感じる二人もいます。
見たいのは、会話の量ではなく、その距離を自分がどう感じているかです。
距離があることより、距離を見ないことが怖い
関係が長くなれば、いつも同じ近さでいられるわけではありません。
仕事が忙しい時期もあれば、家族のことに気持ちを取られる時期もあります。一人で考えたいことがあり、相手から少し離れていたいこともあるでしょう。
一時的に距離ができたからといって、関係が壊れ始めたとは限りません。
反対に、毎日一緒にいても、二人の関係については何年も触れないままということもあります。
「特に問題はない」と思っているうちに、気づいたときには修復できないほど遠くなっているのではないか。そんな不安があると、わずかな変化まで異変のように見えてしまいます。
けれど、まだ起きていない破綻を探し続けても、安心することは難しいものです。
確かめたいのは、「私たちは近いのか、遠いのか」という判定だけではないのかもしれません。
今の距離を、私は心地よいと感じているのか。言わずに済ませていることはないか。過去に知った相手ではなく、今の相手に関心を向けているか。
そして自分も、今の自分を相手に知ってもらおうとしているか。
距離そのものよりも、今の二人を見ないままにしていることが、不安を大きくしている場合があります。
何も起きていない今の二人を見る
二人の関係を見直すきっかけは、外からやって来るとは限りません。
何かが起きたから話すのではなく、何も起きていない今だからこそ、話せることもあります。
最近、相手が何を考えているのか。今、どんなことに興味を持っているのか。これから、どのような時間を一緒に過ごしたいのか。
必ずしも、関係の結論を出すような重い話し合いにする必要はありません。
今の相手を、もう一度知ろうとすること。
自分の中で変わったことを、相手にも少し見せてみること。
そうした働きかけによって、以前と同じ関係に戻るのではなく、今の二人に合った距離を作り直せることがあります。
そこで初めて、相手も同じように距離を感じていたと分かるかもしれません。反対に、自分が思っていたより、相手は今もこちらを近くに感じていたと気づくこともあります。
どちらの結果になっても、見ないままでいた距離が、少し輪郭を持ち始めます。
「遠くなった」と感じる私は、今の相手を見ているだろうか
別れたいほどの問題はない。でも、以前より二人が遠くなった気がする。
その感覚が、関係の終わりを意味するとは限りません。
長く一緒にいるからこそ、相手を知っているつもりになり、あらためて知ろうとすることが減っていただけかもしれません。
そして、相手が自分から遠ざかっただけではなく、自分も相手に近づかなくなっていたのかもしれません。
大切なのは、どちらが先に距離を作ったのかを決めることではありません。
今、自分はこの人とどのように関わっているのか。過去に知った相手ではなく、今ここにいる相手を見ているか。自分も、今の自分を相手に見せているか。
何も起きていないから、まだ考えなくてよいのではなく、何も起きていない今の二人を、一度そのまま見てみる。
「遠くなった気がする」という感覚は、関係が壊れかけている証拠ではなく、知っているつもりになっていた相手と、もう一度出会い直す時期を知らせているのかもしれません。
READ NEXT
一緒にいるのに寂しい。
恋人がいるのに満たされないのはなぜ?
相手はそばにいるのに、心が届いていないように感じる。二人の距離が「寂しさ」として表れている方へ、こちらの記事もあわせて読んでみてください。
一緒にいるのに寂しい理由を読む