友人から紹介された人と食事をしている。
あるいは、仕事や趣味の場で知り合った人と話している。

「どんな仕事をしているんですか」
「ご家族は?」
「休みの日は何を?」

普通の会話のつもりなのに、気づけば頭の中では、ひとつずつ項目に○や△をつけている。

まるで、相手を知ろうとしているのではなく、条件表を埋めているみたいに。

そんな自分に、ふとハッとすることがあります。

条件だけで人を判断したくない。それなのに、気づけば自分の中には、思っていた以上に長いチェックリストがある。

条件なんて関係ない、と思いたいのに

相手について気になるのは、学歴や仕事だけではありません。

「優しい人がいい」「誠実な人がいい」「話し合える人がいい」。
もっと言えば、尊敬できる人、一緒に成長できる人、価値観が近い人。

こうして書き出してみると、外側の条件を嫌っているつもりでも、内面には内面で、かなり細かい条件を持っていることに気づきます。

「優しい人がいい」と思っていたのに、いざ会うと、

「この優しさ、私にも向けてもらえるんやろか」
「私が困った時も、向き合ってもらえるやろか」

と、また確認したくなる。

結局、条件を減らしたつもりが、条件の名前を変えただけだったりします。

若いころより人を見る目が養われた、と言えば聞こえはよいけれど、傷ついた経験が増えたぶん、「こういう人は避けたい」も増えました。

また同じことになったらどうしよう。

そんな気持ちが、頭の中のチェックリストを長くしているのかもしれません。

条件が整っていても、関係まで整うとは限らない

私自身、過去に、外から見ればかなり条件がよいと思われる相手と結婚した経験があります。学歴や仕事など、人に説明しやすい条件は整っていました。

それでも、二人の関係がうまくいくとは限りませんでした。

だから、条件には意味がない、と言いたいわけではありません。条件だけで結婚を決めたわけでもありません。

ただ、外から見えるものが整っていることと、その人と幸せな関係を築けることは、やはり別でした。

一人ひとりを見れば、どちらも悪い人ではない。それなのに二人になると、互いの負けず嫌いな部分ばかりが出たり、言わなくてもよいひと言をぶつけ合ったりする。

反対に、考え方は違うのに、その違いを興味深いと楽しめる相手もいます。

条件が揃っているかどうかは確認できても、二人になったときにどんな自分たちになるのかまでは、会ってみなければ分かりません。

それでも、条件は捨てられない

仕事や収入が気になる。住んでいる場所も、生活のリズムも気になる。家族やお金、結婚についての考え方があまりに違えば、現実に付き合っていけるのだろうかと思います。

条件なんて気にしなくてよい、と簡単には割り切れません。

たとえば学歴が気になるとき、私は何を見ているのでしょう。

知性への憧れなのか。会話が合いそうだという期待なのか。自分との釣り合いなのか。安心感なのか。それとも、周囲の目や自分のプライドなのか。

おそらく、どれか一つではありません。

「この条件に、私は何を期待してるんやろう」

そう考えてみると、欲しかったのは条件そのものではなく、その先にあると思っていた会話や暮らし、安心感だったと気づくことがあります。

けれど、その条件を満たす人が、本当にその安心感をくれるかどうかは、また別の話です。

「あると安心」と、「本当に安心できること」

過去に傷ついたことがあると、次はできるだけ安全な人を選びたくなります。

収入が安定していれば安心できそう。
同じ価値観なら、衝突せずに済みそう。
穏やかな人なら、傷つけられなさそう。

どれも、自分を守るために覚えた目印なのだと思います。

でも、穏やかに見える人が、意見の違いから逃げない人とは限りません。
同じ価値観の人なら、こちらの話を大切にしてくれるとも限りません。

プロフィールに並ぶ条件だけで、関係の安全まで確かめることはできない。

こちらの話をどう聞くのか。
意見が食い違ったときに、どんな言葉を返すのか。
困ったことが起きたとき、面倒がらずに向き合おうとするのか。

それは、条件欄ではなく、二人のやり取りのなかで見えてくるものです。

二人の間から生まれるものを見る

一緒にいると、なぜか仕事まで前向きになる人もいます。

反対に、好きなのに、自分のよさがどんどん消えていく関係もあります。

条件表には書けないけれど、二人になったときに何が起きるか。

そこは、案外大事なのだと思います。

話しているうちに、自分一人では思いつかなかった考えが生まれる。
違う意見を聞いても、否定されたとは感じず、「そんな見方もあるのか」と思える。

その人と会ったあと、家族や友人にも少し穏やかに接することができる。
仕事や、やりたかったことにも、もう一度向き合ってみたくなる。

反対に、その人の前では機嫌を損ねないように言葉を選び、会ったあとにはいつも疲れている。好きなはずなのに、自分にも周囲にも余裕がなくなっていく。

会うたびに少し元気になるのか。それとも、少しずつ自分を失っていくのか。

条件表を眺めていたときには見えなかったものが、二人で過ごす時間のなかに表れていることがあります。

妥協ではなく、見る場所を増やす

妥協したくないと思うのは、自分が望んでいるものを諦めたくないからでしょう。

だから、条件をすべて捨てる必要はありません。望んでいない相手を、無理に受け入れる必要もありません。

ただ、その人が条件に合っているかを見るときに、もう少しだけ視線を広げてみる。

二人でいると、互いのよさが出てくるだろうか。
違いがあっても、どちらかを小さくせずにいられるだろうか。
一人では見えなかったものを、二人なら見られるだろうか。

条件に合う人を探すことから、自分が望む関係を築ける人を見ることへ。

それは理想を下げることではなく、相手を見る場所を増やすことなのだと思います。

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